「いい家」をつくる会 会員コラム

2012年10月22日12時24分

藍染め作家 形山栄依子さん


 マツミの家にお住いの藍染め作家/形山栄依子さんが読売新聞「たま人」欄で取り上げられた。
 形山さんに関しては、久保田紀子さんが2003年に「思ったこと、感じたこと」の第7回で紹介していて、作品の一部が東京住み心地体感ハウスに展示されている。工夫を凝らして確立した独自の技法が、ますます脚光を浴びつつあることをわがことのようにうれしく思う。

http://matsumi.com/cms/mess/16
                       松井 修三

2012年10月21日12時23分

「マツミの家」の大ファン

   
 横浜体感ハウスと事務所は、打ち合わせのお客様と勉強会の参加者で千客万来だった。
 すべてが終わってからのミーティングでは、大和市で「新換気の家」にお住いのKさんが手作りされたシフォンケーキを、社長・専務・後藤・伊藤・三沢、そして久保田さんの7人でいただいた。
 Kさんにはこれまでにも数回ごちそうになっているのだが、今日は格別おいしく感じた。Kさんが来られた目的は、「涼温換気」へのリフォーム依頼である。
 「私は『マツミの家』の大ファンですから、その進化には絶対に後れを取らないようについていきたいのです」と、目を輝かせて言われた。
 「涼温換気の家」は、昨日お引き渡しをした新宿区のK邸が2棟目である。
 今日3棟のプラン依頼をいただいた。これまでにお引き渡しした「新換気の家」は150棟を超えていて、お客様方から「大変満足している」とお褒めをいただいている。
                       松井 修三

2012年10月19日12時21分

神様のお導き


 杉並区西荻南のN邸の地鎮祭が行われた。
 地元の八幡神社の宮司さんが打つ「バーン、バーン」という拍手の音が晴天に響き渡った。あまりにも身の引き締まる響きに感動して宮司さんにその旨を話すと、
 「拍手は、心の響きですよ。いい家を無事に建ててくださいという願いです」と笑顔で答えられた。
 私も負けずに手を叩いたはずなのだがとても敵わなかった気がした。
 これは、もっと気を引き締めて家造りに取り組めという神様のお導きに違いない。そう悟らせてくださった宮司さんに感謝した。

 世田谷区喜多見のN邸の上棟が無事終わった。
 大きな体いっぱいに感動を露わにするご主人の傍らで奥さんが言われた。
 「私たちにはマツミの家は予算的に無理だと思っていましたが、主人に精一杯設計上で工夫してもらい、マツミさんのご理解とご協力を得て上棟することができました。
 予算が少なくても私たちのように工夫すれば、マツミの家に住めるのだということを一人でも多くの人に知っていただきたいのです」。
 8月25日に、私はこのように書いた。

 一級建築士で、設計を業としているNさんからご契約をいただいた。
 Nさんの奥さんは、10年以上前に『「いい家」が欲しい。』を読み、いつか松井さんのような人に家を建ててもらいたいと思ったそうだ。
 その後、ご主人と知り合い結婚され二児の母となった。機が熟して家を建てようとなったとき、奥さんはご主人に本を読むことを強く勧め、勉強会への参加を求めた。
 ご主人には自分なりの家づくりへの思いがあり、なかなか奥さんの思うようには動いてくれなかった。しかし、2年前に勉強会に参加してからはむしろご主人のほうが積極的になり、構想を温めてはマツミの設計士である三沢と打ち合わせを繰り返してきた。
 自分が設計・監理をして施工だけをマツミハウジングへ依頼する。そんなことができるのだろうか?
 Nさんは、99%は断られるだろうと覚悟を決めて相談した。すると社長が快く承諾した。その瞬間、Nさんは涙を浮かべて喜ばれたそうだ。
 社長も私も、Nさんご夫妻のお人柄に惚れていた。こういう人と組んで、マツミの家づくりをさらに磨き上げたいと願っていたのだ。
 奥さんが本を読み、設計士であるご主人と結婚し、マツミと契約し、「涼温換気SA‐SHEの家」を建てる。これこそ正にご縁、神様のお導き以外のなにものでもないと、Nさんの感激はひとしおだった。
                          松井 修三

2012年10月17日12時17分

「ソーラーサーキットの家」を「涼温換気の家」へ


 8年前に「ソーラーサーキットの家」としてお引渡しをした横浜市都筑区のI邸を訪問した。
 特別の不満はなく快適に過ごしているのだが、松井さんのブログで紹介されている「涼温換気」について話を聞いてみたいとのことだった。
 I邸は、南・東・北側が畑に囲まれており、清々とした環境が秋の青天の下でひときわ美しく見えた。
 ただ、二階の窓が1か所開いているのが気になった。

 3年前、奥さんの葬儀に参列して以来ご無沙汰していたので、松井さんも是非お線香をあげたいと同行していた。その後の暮らしの様子、二人の息子さんたちのこと、将来のこの家のあり方など話は尽きなかった。
 途中、足元に気配を感じたので見やると一匹の猫がまとわりついていた。
 名はトロといい、メルボルンに住んでいた二男さんが8年前に連れ帰ったそうだ。奥さんを母親のように慕い、奥さんもわが子のように可愛がっていた。
 トロちゃんにまつわるエピソードを語るとき、Iさんの表情は奥さんがいまも傍らにいるかのように和らいでいた。

 二階の窓が開いているのは、そこがトロちゃんの部屋になっていて、臭いが気になるからとのことだった。私の本に書いてあるように、「ソーラーサーキットの家」では、床下ダンパーや窓を1か所でも開けてしまうと換気の効果が得られなくなってしまう。
 臭いを気にしてトロちゃんの部屋の窓を開けると、家全体の空気がよどんでしまうのだ。
 そのままにして出かけてしまい風が強まると、周りの畑の土埃が入ってきて帰ってからの掃除に苦労してしまう。窓がすべて閉まっていても、壁にある5か所の吸入口から、多少の土埃と冷気・湿気・飛行機の音や風の音が入ってくる。
 最近、それらも気になりだしているという。
 私は話を聞いていて、「涼温換気」にリフォームするならば、Iさんの悩みは見事に解決されると思い、自分の体験をお話しした。

 トロちゃんが生まれたメルボルンは、「世界の都市で、どこが一番住みやすいか?」の質問でベストワンに選ばれたところである。もし、「涼温換気」にするならば、トロちゃんは「世界で一番住み心地の良い家」に住むことになる。
 きっと、天国で奥さんもそうなることを願っているように思えてならなくなって、私は、Iさんとトロちゃんの双方に向かって熱弁をふるった。
 すると、トロちゃんは「早く住みたいなー」と言わんばかりに写真のようなポーズをつくって見せた。
                          久保田 紀子

2012年10月15日12時14分

家造りの最重要テーマ、それは「換気」だ!


 このところ、夜と昼とでは10度以上の温度差があり、一足飛びに冬の入り口にさしかかったような日が続いている。
 だが、「新換気SA‐SHEの家」は、データのように外部の温度・湿度変化にほとんど影響されず、どの部屋にいても暑からず寒からず空気は気持ちよく、実に快適だ。
 松井祐三著『だから「いい家」を建てる。』の第三部「家造りの最重要テーマ、それは『換気』だ」に書いてあるとおりである。太陽光発電+蓄電池+HEMSだけのスマートハウスでは、住み心地を語ることも、健康を望むこともできない。
                          松井 修三

2012年10月14日12時10分

「いい家三部作」売れ行き好調!

    (10月2日、国分寺の紀伊國屋書店にて)

 「いい家三部作」の在庫が急減しているとのこと。それぞれの出版社から至急増刷をしたいと申し入れがきている。
 とくに、松井祐三著<だから「いい家」を建てる。>の売れ行きが好調で、「住宅展示場に行く前に読む本」というキャッチコピーに関心を持つ人が増えてきているようだという。

 今日の勉強会に参加されたご夫妻からこんな話を聞いた。
 住宅展示場でHハウスに入ったら、まず床下からご覧くださいと言われた。そこで、『だから「いい家」を建てる。』 に書いてあるとおりに質問を試みた。
 構造は鉄骨。断熱の方法は外・内断熱。換気の方法は?というあたりから営業マンの説明がよどみがちになってしまったので、それ以上は聞かなかった。
 ついで木造を得意としているS社に入った。
 こちらもすんなりと床下を見せてくれた。コンクリートが打ってありきれいだった。断熱の方法を聞くと、充填方式だが希望すれば外断熱もやってくれるとのこと。換気の方法は法律どおりなので安心で、暖房は個別エアコンだが希望すれば床暖房もできるとのこと。
 人柄のよさそうな営業マンだったので、「住心地を保証してくれるか?」とは聞けなかった。「だから」について聞いてみたところ、あの本はさすが一級建築士が書いただけのことはあるとほめていた。
 奥さんは、横綱白鵬のテレビコマーシャルが嫌でS社に頼む気がしなくなったとのこと。
 ご主人が、「日馬富士なら、絶対にS社に頼んでいましたよ」と笑い、「それにしても、横綱が住宅会社のコマーシャルボーイをやるようでは相撲人気が落ちるわけですね」と付け足された。
                          松井 修三

2012年10月11日12時08分

「涼温換気」の問題点

 朝晩、15度を下回る冷えを感じる季節になってきた。
 引越し前の東京都三鷹市のM邸の今朝の温度は23度、湿度48%。新築の臭いがほとんどせず、空気は実に爽やかだった。
 Mさんの奥さんが久保田さんに尋ねられた。
 「今年の夏、涼温換気はいかがでしたか?」
 「快適でした!更年期障害が楽になるんですよ。冷感ではなく、涼感がすばらしいからです。いまは、新換気だけの状態ですが、外の温度が15度ぐらいに下がっても、家の中はどこも23度前後、湿度が55%ぐらいです。ご新居も同じようですね」
 「思い切って、工事の途中で涼温換気に変更していただいたのです。来年の夏が楽しみです」
 「その前に冬が来ますよ。涼温の温感を先に味わっていただかなくてはりません」
 と、私が口を挟むと久保田さんが言った。
 「ええ、ええ、私もまだ温感は自宅では味わっていないので楽しみです。寒くなったら、温感について感想を話し合いましょう」。

 そう言えば、横浜の実験棟以外で体感しているのは私と女房だけなのである。今年の冬、女房はいつも素足にスリッパ、極度の冷え症である私は厚手の靴下を履き、書斎のデスクの下に小さな電気マットを置いていた。
 温かさは、エアコン暖房の「モワーッ」とした感じではなく、クレダやユニデールに似て放射暖房のようであるのに感動させられた。
 私が少し寒く感じると言うと、女房はたいがい暑いと言った。
 外気温がマイナス6度を記録した日の前後1週間ほど、玄関ホールにある蓄熱式電気暖房機「クレダ」のスイッチを入れた。翌朝、女房はすぐに気付き、「つけない方が気持ちいい」と苦言を呈した。

 問題は加湿である。考えられる方法はすべて試してみた。たどり着いた結論は、センターダクトの給気口の周りに気化式の加湿器を置いておくのが一番厄介でなくいいということだ。加湿された空気は、「新換気」の経路に乗って拡散していく。
 しかし、加湿については一概にこれが最善だとは言えない。それぞれの家で、置き方を変えたり、台数を加減したり、洗濯物を干したり、観葉植物を置いたりして工夫していただきたい。

 システムに加湿機能を付加することが一番手っ取り早いのは分かっているし、実験もしているが、いまのところはお勧めできない。他社のもいろいろと研究してみたが、カビや雑菌の発生、維持管理などに関して安心なものは見当たらないのだ。
 だから、「加湿もできる」に飛びついてはいけない。

 もともと喉が弱い私は、季節を問わず寝るときはマスクを掛けることが習慣づいているのだが、それでも乾燥を意識したことが何日かあった。
 もっとも、第三種換気の「ソーラーサーキットの家」のときにも、思い出せば同じように感じたものだった。
 しかし、「どのような家に住もうとも、乾燥の問題はついて回るのである」と言って済ますわけにはいかない。乾燥に私以上に敏感な久保田さんが「温感」を体感して、来年の2月頃、Mさんの奥さんとどんな会話を交わすのだろうか。
                          松井 修三

2012年10月10日12時05分

女手ひとつで「涼温換気の家」を建てる


 久保田紀子さんがそうだったのだが、マツミでは女手ひとつで家を建てるひとが決して少なくない。
 昨日上棟したUさんもそうである。今お住いの家の庭先に新築する。
 Uさんは、二人の娘さんとライトアップされた家の姿を眺めつつ感慨深げに言われた。
 「ここにたどり着くまで、いろいろと悩み、迷いました。今日も組み上がっていくわが家を見ていて、素晴らしいなと思う半面で大きくし過ぎたかなと心配になったりしていました。久保田さんの本を読んでずいぶん励まされましたよ。これからも、悩み事があったら相談させてくださいね。
 棟梁の杉江さん。見た瞬間に、この人なら安心できるというオーラを感じました。松井さんと40年近いお付き合いだそうですね。うなづけました。
 人はいろいろ言いますが、もう気にしないことにしました。自分のため、娘たちのために建てる『涼温換気の家』です。
 完成を楽しみにしています」
 久保田さんが嬉しそうに言った。
 「私の家も杉江さんだったのですよ。11年前と雰囲気が変わりませんね」。
 杉江棟梁に関しては、<さらに「いい家」を求めて>にこんな描写がある。
 「棟梁は40歳後半の人で、杉江さんといった。中肉中背の全身が筋肉と経験と知識の塊のような人だった。寡黙で穏やかな感じなのだが、ひとたび動き始めると別人に見えた。何をするにも素早くて、無駄な動きが一切なく、周りの人たちはみんなつられるようにしてリズミカルに働くのだった」。

 前回の勉強会に参加された方も、女手ひとつで建てられるそうだ。
 個別相談が終わって、わざわざ私にお礼を言われた。
 「これまでに住宅展示場をずいぶん見て歩きましたが、安心感が得られるところが見当たらず、もう自分は家を建てることはできないのかしらと思っていました。
 でも、勉強会に参加し松井さんのお話を聞いて、家に何をもとめたらよいのかという大事なことがはっきりしました。
 そして、マツミさんに頼めば安心だと思いました。
 これからの人生の道筋が見えてきたようで、うれしくてなりません」。
                          松井 修三

2012年10月7日12時02分

「涼温換気の家」第一番目



 お客様にお引き渡しをする「涼温換気の家」第1番目は、東京都三鷹市のM邸である。
 午前9時、小雨でちょっと肌寒い天気。室内は温度24度、湿度63%。「新換気」の働きだけで十分快適な状態だった。
 私としては、「涼温換気」を働かせ、Mさんご夫妻に涼感を味わっていただきたくて張り切っていたのだが、そうはならなかった。
 技術系の最先端企業の経営者であるMさんは、「あわてることはないですよ。来年の夏をお互いに楽しみにしましょう」と笑顔で言ってくださった。
 ありがたい限りである。

 東京での勉強会はいつものように事務所の地下で行った。
 「涼温換気」を冷房25度設定「弱」で運転。11人のお客様の目の前に置いてある温度・湿度計の表示は、24度/44%。約2時間後、勉強会が終わったときは25度/44%。個別相談に席を移すとき、年配の女性の方から声を掛けられた。
 「あの温度計ですが、湿度の方がこわれていませんか?温度は1度高くなりましたが、湿度は最初から44%のまま変化しないのですから」
 そう指摘されて、私もそうなのかしらと心配になった。
 そこで、センサーに息を吹きかけていただいた。すると、表示はみるみる変わって60%以上に上昇。お客様はびっくりされた。
 「これは、地下室の造りがいいからなのでしょうか?」
 「それもあるでしょうが、なによりも涼温換気の働きです」
 と、答えてから私も質問したくなった。
 なんで地下室の湿度がこうも低いのだろうか?
 1・2階よりも10%は低い。
 「涼温換気の家」だからといって、こうはならない。今日の場合は、55%から65%前後ぐらいのはずだ。
 考えあぐねていると、その方は「「地下室がこんなに気持ち良いのであれば、ぜひ造ってみたくなりました」と言われた。
 勉強会で話をしている間気になっていた硬い表情が、別人のように晴れやかになられプラン依頼となった。
                          松井 修三

2012年10月6日11時55分

TT大活躍


 朝6時半に、TTに乗って横浜体感ハウスから横浜市栄区のS邸へ向け出発。
 連休の初日とあってか16号は、想定外の渋滞だった。7時半に現場到着。
 8時10分前に近所の奥さんと、「おはようございます!」と明るく挨拶を交わしながら、近くに仮住まいしている大工さんたちがやってきた。もうそれだけで、仕事ぶりが察せられた。新潟の木下工務店さんから研修に来ている伊藤さんと酒井さんだ。
 責任感にあふれた丁寧ないい仕事をしている。
 ベテランの伊藤さんは、小学校5年生になる娘のことが心配で、先週の日曜日に新潟に行ってきたという。
 子育てについて、仕事台を囲んで私は経験を話した。
 「真直ぐに育てようとしないことだ。いいんだよ。この台の上ならどこをどう走ろうと、こっちに落ちそうになったら母さんがちょっと押してやる。そっちに落ちそうになったら、父さんが押し返す。台の中心を真直ぐ歩く子よりも、人情がわかるたくましい人間に育つ確率が高くなるんだよ」
 「そう言えば、突っ張ってたやつほど本当は心が優しくて、仕事をやらせるとがんばりますね」
 「伊藤さん、それは自分のことだよね」
 独身で無口な酒井さんが大きく頷き、三人は大笑いした。

 次は、神奈川県伊勢原市のT邸に向かう。途中大渋滞にはまって到着は10時過ぎ。40年来の付き合いになる基礎屋である前田さんの二代目兄弟が、鉄筋を組む仕事に精を出していた。
 たまたまTさんご夫妻がいらっしゃって「これが例のTTですね」と近寄って来られた。
 お茶をいただきしばらく歓談したのだが、会うたびに心の中に広がるのは、「神様、こんな素晴らしいお人柄のご夫妻と出会えたことに心から感謝します」という思いである。

 生まれ故郷の厚木には、大工の郷さんが腕をふるっているT邸がある。
 現場に近づくと工事の音が聞こえてくる。その音を聞くと、大工さんの心意気と体調がわかる。郷兄弟が打ち出している音は、小気味よく元気にあふれていた。
 マツミの大工さんたちは、みんな腕は確かだが、その二つが常にベストコンディションとは限らない。
 私の主な役割は、大工さん、職人さんたちのモチベーションを高めることだ。
 オーケストラの指揮者と同じである。

 レナード・バーンスタインが、1979年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した「マーラーの交響曲第9番」の出来栄えのように、どの現場でも最高の指揮をとりたいのだ。
 その思いを実現するために一番大切なものは、お客様との相性である。相性が合わないことには、どんなに力んでも成果が上がらない。
 ありがたいことに、いいお客様に恵まれる。自分は運が強いのだ。
 そんなことを思いいつ、東名高速道路を快調に走り抜け世田谷のH邸へ向かった。

 現場にはご夫妻が外構の打ち合わせに来られていて、私の顔を見るなり奥さんが「イギリスはどうでしたか?」と笑顔で質問された。
 私は、一瞬、指揮を中断し外国旅行に出かけてしまったという後ろめたさを意識させられ、返事がしどろもどろになってしまった。そこで質問を返した。
 「いかがですか、お家の出来栄えは?」
 ご主人が満面の笑みで答えられた。
 「大満足です。もう少しで完成ですね。早く引越ししたいです」
 私はほっとした。

 最後は、「涼温換気」第1号となる三鷹市のM邸である。今日、試運転が始まっている。幸いなことに今日は30度前後の暑さだった。日本最初の、いや、世界で最初のお客様にお引き渡す「涼温換気の家」である。
 どんなあんばいか。TTは、はやる気持ちを知ってか快調に走り続けた。
                          松井 修三

2012年10月5日11時51分

妻への感謝

 今年の3月27日、地鎮祭の時にご神前にて、「舞浜で一番の住み心地の良い家建てる」と誓ったH邸が無事完成し、今日お引き渡しを行った。東日本大震災によってもたらされた液状化の被害は甚大で、H邸は建替えを余儀なくされた。

http://180.222.85.213/blog/2012/03/post-1564.html

 長年、親兄弟の面倒を見る日々に、一時は体調を崩しながらも精一杯尽くし続けてくれた妻に、これから恩返しをしようと思っていた矢先のことだった。
 資金的に建替えはとてもできない。ところが妻の献身に対して思いがけない神の思し召しをいただけることになり、建て替えを決意された。
 今度建てる家は、なんとしても妻の健康にプラスになるものにしよう。そう思って造り手を求め、<「いい家」が欲しい。>に出合った。
 「住まいとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願えるものでなければ家造りに携わってはならない」
 勉強会に参加し、マツミハウジングの信条に感銘を受け、ここならきっと妻が喜ぶ家を造ってくれるに違いないと確信されたという。仮住まい先はラッキーなことに隣家だったので、基礎工事から毎日見ていた。
 基礎屋さん、大工さん、そして数多くの職人さん、みんなすばらしい人たちだった。住む人の幸せを心から願って仕事をしてくれているのがよく分かった。
 皆さんが、私の妻への感謝の思いを汲んでくださり、本当に「いい家」を作ってくださった。妻にはこれから先、この家で趣味のカンツォーネや絵を思う存分楽しんで、一日でも長く健康で長生きをしてもらいたい。

 来年80歳になられるというHさんが、とつとつと語る奥さんへの熱い思いに、みんな感動し、努力の甲斐があったと喜び合った。


http://180.222.85.213/blog/2012/03/post-1564.html
                          松井 修三

2012年10月4日11時47分

家は、主婦が一番喜ぶように建てるべきだ

 「マツミで建ててよかった!」
 お客様が心底からそう言ってくださるのは本当にうれしいことだ。このところお引き渡しが連続しているのだが、今日も川崎市でお引き渡したAさんから言葉を頂戴した。

 Aさんは今から12年前に勤務先の都庁の地下にある書店で、<「いい家」が欲しい。>の「改定初版」に巡り合ったそうだ。
 「今日あるのは、この本のおかげです」と本を持参され、満面の笑みで言われた。
 「同僚たちの中には大手ハウスメーカーで建てた人もいますが、この本が常に私の選択を支え続けてくれたのです」。

 午後からは横浜市で建築されるKさんからご契約をいただいた。
 ご夫妻とお父さんが契約に立ち会われ、終わってこんなエピソードをお父さんが語ってくださった。

 去年、奥さんが一人で横浜の勉強会に参加した。今年の2月にご主人を誘って再び参加。そして4月にはお父さんを伴い三人で参加。その結果、大手ハウスメーカー数社からのアプローチを断り、マツミ1本に絞った。
 いろいろと比較してみたが、正しい選択をしたと思うと。

 奥さんのお名前は「幸子」でご主人は「守」、お父さんは「清」。
「幸子さんの幸せを清らかに守る」
 お名前の組み合わせがすばらしいですねと私は言った。
 お父さんが笑顔で答えられた。
 「勉強会に参加して、家は、主婦が一番喜ぶように建てるべきだと学びました」。

「いい家が欲しい」の一念で、ご主人とお父さんの説得をし続けた奥さんのために、精一杯「いい家」をお造りしたい。

                          松井 修三

2012年10月1日11時43分

台風一過

 昨日の午前中、町田市のI邸の地鎮祭が無事執り行われた。
 とても台風が接近中とは思えない好天に恵まれ、Iさんご一家の喜びはひとしおだった。

 台風一過の今朝、7時前後からツイッターで続々と現場状況の報告が入り始めた。
 昨夜は、予想進路からして高度に緊張した態勢でいたが、ほんの軽微な被害以外は何もなくほっとした。
 だが、正午に30度を超す暑さには驚かされた。10月に真夏日になったのは7年ぶりだそうだが、「涼温換気」で快適な東京事務所では午後からS邸の契約が行われた。

 Sさんは、私がブログを始めた2006年に勉強会に参加され、それからずっと読んでくださっていて、マツミハウジングの家造りが進化していく様子を楽しんでおられたそうだ。
 「6年間、マツミの家を建てるという決心はいささかもぶれることがありませんでした。それだけに今日の契約が、台風で延期になってしまうことがないようにと願っていました」と、Sさんは心の内を語られた。

 ご夫妻は、今年2月に再度、娘さんを伴って勉強会に参加された。そのときに、2時間半ほどの間、別室で娘さんが一心に本を読む姿を久保田さんが覚えていた。
 今日は契約が行われている隣のテーブルで、娘さんは、持参したはさみで切り絵をしていた。姿勢も変えず、集中してはさみを動かす姿に感心して久保田さんが言った。
 「まぁ、みごとなはさみ使いですね。まるで切り絵細工の職人さんみたいで」
 するとご主人が言われた。
 「娘はマツミさんのところに来ると、心が落ち着いて集中できると言うのです。今の自宅はマンションですが、そこへ帰るとマツミの家が早くできないかなぁと言います。心地よさの違いって、子供にもよく分かるのですね」
 すると奥さんが娘さんの方を見やって、「打ち合わせに何度か連れてきましたが、いつも帰ると言うのです。マツミにいると、時間があっというまに過ぎるって」と笑われた。

 娘さんは今、小学4年生。名前は「ゆめか」。
 字を尋ねると、「夢が叶うと書きます」と、はにかみながら答えてくれた。
 ご両親と夢叶さんの夢は、来年の夏に叶うのである。


                          松井 修三

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