「いい家」をつくる会 会員コラム

2013年11月24日22時43分

TIP構法



 今日の勉強会では、<だから「いい家」を建てる。>の著者である松井祐三が「TIP構法http://tip-str.com/what/」について模型を用いて説明した。
 一般には、壁の下地板は水平張りがほとんどだが、TIPは約2センチの隙間を設けて斜め45度に張る。たった1枚でも、30枚を水平に張るよりも「ゆがみ」に耐えることを実験して見せた。実は著者は、これまでに実物大の壁を造り、強度実験を公式な場を借りて行っていて、模型と同様な効果を確認している。
 それだけに話に説得力がある。
 「これはすごい!」
 会場から驚く声が聞こえた。
 耐震と制震を、ツーバイフォーのように合板を張るよりも粘り強く発揮することは実験で確認されているが、残念ながら法律上でいう「壁倍率」としては評価の対象にされていない。
 対象にして、その強さを認めるためには、木造の耐震性に対する既成概念を覆す義侠心が必要だ。それに乏しい人たちは、理論と実験では強いことが分かっているにもかかわらず、はなから否定してかかる。
 「筋交い」に対する既成概念を改めたのでは、国土交通省と学者の権威が揺らぎ、金物業界が動揺しかねないからだ。いわゆる既得権勢力が騒ぎ出すのは火を見るよりも明らかだ。行政は、新たな知識を習得し、無知な造り手を説得し、指導しなければならなくなる。大手ハウスメーカーは猛反対するに違いない。あまりにも厄介で面倒だ。ならば、そんなものは無視しておこうというのが本音のようだ。

 しかし、TIP構法は合理的であり、強くて美しい。予算が余分にかかるのを承知の上で、お客様が喜んで採用してくださる。
 一方で2年前から、その予算を「涼温換気」に回したいと望まれるお客様がいらっしゃる。どうしても、「涼温換気の家」を建てたいと願われるのである。
 今日は、TIPが気に入られたという2組のお客様からプラン依頼をいただいた。
                       松井 修三

2013年11月16日22時41分

1台のエアコンで「涼温房」を実現するには?


      (涼温換気の家にお住いのH夫人の作品)

 シンガポール建国の父と言われる元首相のリー・クアンユーさんは、東南アジア諸国にとって今世紀最大の発明はエアコンであると言われたそうだ。
 わが国でも、いまやエアコンなしの暮らしは想像できないほどに普及している。
 新築された小さめの建売住宅でも、家の周囲にはたいがい3台の屋外機が置かれているし、大手ハウスメーカーが建てた50坪ぐらいの広さの家では7台ぐらいあることもある。実は、グラスウール充填断熱材の時代に建てた自宅には8台あった。

 快適さを求めて設置するのだが、エアコンは直接対面すると、吹き出される冷暖の風を不快に感じるものだ。そこで「冷暖」ではなく、「涼温」に感じるようにする方法について家づくりに携わる人は、一度は考えたことがあるのではなかろうか。

 私は、気流に過敏で、窓から入ってくる風を意識すると、子供の頃からもそうだったが昼寝ができなくなってしまうのだ。
 臭いにも敏感、暑さ・寒さ・湿気に弱く、いわゆる「神経質者」の典型である。エアコンの風は大の苦手で、レストランに入ると風に当たらない場所を見つけるのに苦労する。エアコンの風を和らげるアタッチメントはいろいろ売られているが、自宅ではどれを試しても快適さが得られなかった。

 そこでたどり着いたのが、センターダクトエアコンの発想であった。「なーんだ、こんなに簡単なものなのか」と思われるに違いないが、実際に体験してみると、その快適さに驚かれるだろう。
 現在までのところ、世界で「涼温換気の家」を造ったのは「いい家」をつくる会の会員工務店30社だけであり、昨年の9月から造り始めて累計で300棟を越えつつある。来年は500棟が目標である。
 これまでにお引き渡したお客様の感想をアンケートしてみたところ、快適さについて「感動・感激」という答えが圧倒的多数であった。「まあまあ」と答えた3社は、アフターフォローによって、近々ご満足という答えが得られると確信している。
 この家づくりは、東北以南の温暖地には最適であるが、日照時間の少ない寒冷地では補助暖房と組み合わせるのがベターだ。しかし、太平洋側では、四季を通じて最高の住み心地となる。

 エアコンと直接対面して暮らす時代は終わったと思う。しかし、エアコンメーカーにすれば当惑を隠せない。このような家が「スマートハウス」のように主流になると売り上げが減ってしまうだろうし、下手に肩入れすると大得意先である大手ハウスメーカーの家づくりを批判することにもなりかねない。だから、静観しているだけで積極的に関わろうとしない。

 しかし、全国を見渡すと真似する工務店がポツポツ現れてきていて、似て非なるものなのだが、いいこと尽くしの営業トークを用いていているようだ。

 会員の中には悪影響を心配し、特許工法であることをPRすべきだとする声もあるが、私は無視している。良いものだから真似したくなるのだし、何よりも、そう簡単にはお客様から「感動・感激」という評価は得られるものではない。
 住み心地の向上を心から願って造るのと、儲けを増やす手立てとして利用するのとでは、たとえよく似ているとしても結果は必ず違ったものになるはずだ。

 センターダクトエアコンに限らず、一台のエアコンで済まそうとすれば、仕切りのないホール型の間取りにするか、ダクトを用いるかのいずれかになる。後者の場合、システムとしてどんなに優れていて、著名な学者が褒め称え、国が研究開発費を補助してくれたとしても、ダクティングが不合理で未熟では効果を発揮しないはずである。
 ダクティングは、原始的な空気運搬方法ではあるが、効率を良くするには理論とともに、いや、それ以上に大切なのは合理性を追求する施工力である。

 「1台のエアコンで冷暖房」と唱えてはいても、このことに気付いている造り手は極めて少ない。
 これは一朝一夕にはマスターできないのだ。大量生産販売には、まったく不向きである。したがって、大手ハウスメーカーはやらない。年間50棟以上造るメーカーが軽い考えで手掛けると、いずれクレームの山を築くに違いない。
 「思ったほど暖かくない、涼しくない」というクレームに対処するのには、科学的な知識と風量測定の技術、改善方法についての経験が絶対に必要である。
 「いい家」をつくる会には、そのノウハウがすでに300近く積み重ねられている。千を超えるのは時間の問題だ。

 11月29日に、今年「いい家」をつくる会では3回目のセミナーを開くのだが、その前後二日間を使って勉強会を行う。
 今の時代、住宅業界にはウソが多すぎている。換気を疎かにし、住み心地の悪い家を造って、太陽光発電を載せれば「いい家」になると言うとしたらウソになる。良心に恥じない家造りを望む造り手にとって、「涼温換気」の勉強は必須である。

                       松井 修三

2013年10月30日21時39分

築20年の中古住宅を「涼温換気の家」にリフォーム


 横浜市西区で、築20年の中古住宅を「涼温換気の家」にリフォームした。もちろん耐震補強もしたし、気密測定も行った。リフォームは、この二つを義務化すべきである。しかしながら、耐震補強は当然として、気密測定をするところはまずない。間取りを変え、設備や内装・外装を新しくしてみても、それでは、肝心な住み心地は改善されないのだ。
 また、気密レベルを改善しないで、断熱性能だけを良くしても意味がない。隙間面積:C値は、1.2cm2/m2。スマートハウスと大手ハウスメーカーが自慢する新築の家で5cm2/m2程度なのだから、すごい性能アップだ。
 このレベルなら、第一種全熱交換型換気の効果が発揮されるし、1台のエアコンで全館を涼温房できるようになる。

 依頼されたUさんは、健康にとって大事なのは、食事と運動と空気だと確信されていたそうだ。高齢の母親も一緒に住む都合で、場所が限定されていたので中古住宅を購入された。「新築そっくりさん」などというリフォームもあるとは聞いていたが、Uさんはまず住宅本を買い求め、家づくりを勉強された。
 「さらにいい家を求めて」の理念が、Uさんの考えにぴたりと合ったという。母に住まわせるにはこの家が一番だ、と決められ相談にやって来られた。

 マツミの家の中古住宅を「涼温換気」にリフォームすることは、すでに10棟以上の実績があるが、他社が20年も前に作った内断熱で、しかも気密性能には無頓着な家を引き受けるには、相当の覚悟が要った。
 社長が担当の設計士三沢と温熱性能のシュミレーションを慎重に繰り返した結果、住み心地の確保に自信が持てるということになり、お引き受けすることになった。
 昨日、無事お引き渡しが終わった。朝方、外気温が13度まで下がったが、お引き渡しをした午前10時の家の中は冷房を入れようかと迷うほどの暖かさだった。

 Uさんは、「久保田さん、あなたの本を読んで本当に正解でした。この家なら、母もきっと喜んで住んでくれることでしょう」と、大変満足されていた。

                       松井 修三

2013年10月26日22時36分

バス2台の見学会

 神奈川県厚木市で3棟目となるO邸のお引き渡しが無事行われた。
 Oさんの奥さんが言われた。
 「近くでHハウスが建てています。早く完成するのが自慢だそうで、このあいだバス2台を連ねて見学者が来ていました。
 私たちも最初、家は大手ハウスメーカーに頼むのが一番良いと思って、あちこちの展示場を回っていました。でも、引っかかるものがなかったのです。何か、どこかがしっくりこなかったのです。その時に、この人が(傍らの息子さんを見やって)この本を読んでみたら、と勧めてくれたのが<『いい家』が欲しい>でした。
 主人と読んで、互いに心に響くところがたくさんあって、さっそく勉強会に参加しました。三人の著者から直接お話を聞いて、とても納得が深まりました。帰る車の中で、予算は大手ハウスメーカーよりはかかりそうだけど、マツミの家に住んでみたいね、とみんなが同感しました。
 Hハウスの建て方を見るにつけ、マツミさんに頼んで本当に正解だったと三人で毎日のように確認し合っていました。
 Hハウスであんなにも見学者を集められるのなら、私はこの家に何倍もの人を集められると思っています。有料で見学会をしちゃおうかな」。
 奥さんは、茶目っ気たっぷりに話を締めくくられた。

 過日の勉強会の個別相談で、実際にそのメーカーのバス見学会に参加されたお客様が、豪華な弁当に土産がつくと話されていた。その話を久保田さんがすると奥さんは、「お弁当とお土産をつけないと、だめかしら。となると、かなりの料金をいただかなくてはね」と、さらに茶目っ気を増して言われた。
 ご主人が、「無料だから人が集まるのだよ」と、水を差された。奥さんはすかさず、
 「だめよ。マツミの見学会は有料にすべきだわ。こんないい家を紹介してもらえるのだから」と、切り返された。
 外は台風の影響で大雨が降っていたが、「涼温換気の家」の中には終始笑い声が絶えなかった。
                       松井 修三

2013年10月20日23時35分

足立美術館 思ったこと、感じたこと




 宿で朝食の前に、目の前に広がる砂浜を散歩した。
 出雲大社は島根県にあるが、皆生温泉は東隣りの鳥取県の西北端に位置する。昨夜露天風呂から見た灯台は島根半島の最東端の地蔵崎にある。
 「あの方も、ここに立ったのでしょうね」
 久保田さんが独り言のようにつぶやいた。
 「あの方って、ご主人さんですか?」
 「えっ?違いますよ!」
 「ではどなた?」
 「伊能忠敬(いのう ただたか)さんです」
 「ああ、日本地図を作製した人ですね。そう言えば、この湾の形状を描くためには、東に見える風力発電が建つ突端部分と、北に見える灯台までのそれぞれを歩測しなければなりませんね。これからやってみますか?」
 実際にやりかねないと思った女房が、「私はだめ。お腹がすいて、とても付き合いできません」と言った。久保田さんも同感だった。
 そういえば、忠敬がこの地を歩測していた頃ではないのだろうか、大黒屋幸大夫が馬そりで約6200キロメートル離れたペテルブルグまで、極寒のシベリアを昼夜なく横断していたのは。
 我々は、なんとひ弱なのだろう。たった2から3キロメートルも歩くのが億劫であるとは。私は、偉大な先人たちの艱難辛苦を想像して食欲が盛り上がった。

 足立美術館は、山陰道の方面から接近するとひなびた風景の中に地味な形状として見える。
 「よくぞまあ、こんなところに建てたものだ」
 これが第一印象だった。
 駐車場に車を停めて外に出ると、正門の矢印が目に入った。どうやら、裏側の駐車場に停めたようだ。正門から見ると、奇をてらわない落ち着いたたたずまいにホッとする。建築家が腕自慢するようなデザインの美術館は、見ただけでうんざりさせられるものだからだ。左側に造られた枯山水の庭園が予告編を見せられたようで、ワクワクする。ここでまず私は足を止めた。落ち葉を一枚も見かけないことに気付いたのだ。これは不思議な光景に思えた。
 正面玄関から中に入り、庭園を見た瞬間、今や伝説的に語られている名庭園がラスベガス的な眩さで、目に飛び込んできた。
 テレビや、雑誌で何度も見たことがあり、いつか必ず訪れようとの願いが叶ったのだ。ラスベガス的との表現は、アメリカ人に人気が高いというだけでなく、スケールの大きさや派手やかさからだ。京都の古刹のような地味な雰囲気とはかけ離れていた。
 そこでまた私は感動させられた。
 一枚も落ち葉が見当たらないことに。
 あちこちでこの事実を再確認するたびに、私の感動は深まった。
 ルーブル美術館を最初に訪ねたとき、作品は忘れたが女性の裸像の下に、分厚く埃がたまっていたのを見てしまった悪印象が思い浮かんだ。
 この広大な庭園の落ち葉を、いったいどのようにして掃除するのだろうか?
 そして、思った。この世界一のスケールと美しさを誇る枯山水の大庭園は、「生きている」と実感した。
 これを造った足立全康さんの遺志が、四方八方に気迫となって行き渡り、美しく輝いているのだ。

 庭園の派手やかな色彩の残像が消えやらぬせいか、最初私には、横山大観の絵が、いまひとつしっくりこなかった。もともと、私は横山大観の作品を決して好きではなかった。この年になっても、「朦朧体」(もうろうたい)とも言われるその画風を理解できないままでいるのを再確認させられた思いがした。
 足立さんが大観に目を付けられた当時でも、「勢いに欠ける、曖昧でぼんやりとした画風」と批判する人も多かったようだが、足立さんには断固とした審美眼があったのだ。
 そんな思いで観ていると、しだいに庭園の残像が消えるとともに、足立さんの審美眼がいかに優れたものであったのかを思い知らされるようになった。
 それと共に思ったことがあった。大観というどちらかと言えば地味な作品を、一人でも多くの人に見せたいとなれば、その美術館には人寄せの何かが必要だ。それが、ラスベガス的な枯山水の発想である。いまでは、足立美術館といえば、庭園の美しさの方が有名になって、世界中から観光客が押し寄せるようになっているそうだ。
 優れた事業家としての面目躍如たるアイディアだ。だがしかし、美術館としては本末転倒とも言えよう。
 新館の出口に近いところに、全康さんの年譜が大きく飾られていた。

 「74歳 迷わず前進 規模の拡大をはかる」
 その前年には、「入館者が伸びず、思い悩む」とある。

 私は、この2行が、足立さんの全人生を語っていると感じた。
 1899年、島根県に生まれ、23歳で炭の行商から始めて、71歳の時に美術館を開館した。そして、91歳で他界されるまでの人生が2行に凝縮されていると思った。

 出雲大社と足立美術館。私は、いずれからも心が洗われ、癒され、元気と勇気をもらうことが出来た。これからも、さらに「いい家」づくりに挑戦し続けよう!
                       松井 修三

2013年10月11日22時24分

契約金を支払うという約束

 夫や子供、両親や兄弟姉妹もいないという方の契約が横浜店で3件ほど続いた。
 今日、その内のお一人が公証役場にて遺言状の作成をされ、その立会人として私と設計士で、「御本人の意思において作成されたものです」という証人になるために出かけた。その内容には、二つの取り決めがあった。

 一つは、建築中にご本人が亡くなった場合、本人が定めた遺産管理人が契約金を支払う。二つは、その家を売却したり取り壊す場合は、遺産管理人はマツミハウジングに必ず相談する。
 公証人が、文書を読み上げ確認を求め、ご本人と私たちが署名押印をし、現物は公証役場で保管された。生まれて初めての体験だけに、大いに緊張した。そして、一連の説明を聞きながら、公証される遺言書の作成ということの重要性を身にしみて感じたのだった。
 お客様は、必要な書類を用意したり、遺産管理人を決め、お願いに行ったりとたいへんだったが、これで安心して家づくりと取り組めると言ってくださった。
 「売却したり、取り壊す場合にはマツミハウジングへ相談する」とい文言は、どこかマツミが有利なように思えるかもしれないが、お客様は言われた。
 「マツミさんの家には、住み心地というかけがえのない価値があります。それが分からない人に管理を任せるわけにはいきません。こうして、契約金をお支払いするという約束を実行すると覚悟を決めたからには、私に何かあった場合にもマツミさんに誠心誠意を尽くして建てていただいて、管理もしていただきたいですよ」と。

 遺言書を公正証書として作成することには最初、私はすごく抵抗を覚えた。そこまで、安全な契約を求めるのはエゴではないのかと。
 だがしかし、相続人がいない人が家を建てたいと願うケースは、これから多くなるのではなかろうか。そのような場合、万が一を考えておかなければ、たとえ経営的にゆとりがあるとしても、工務店はにっちもさっちも動けなくなる。
 建築中の家を取り壊したり、出来上がったばかりの家を取り壊したり、いつまでも空き家で放置しておくなどすべきではない。ご近所にとって、また社会にとってもこんな不安で迷惑なことはない。

 今回、思ったのは、契約金を支払うということは、造り手にだけではなく社会に対しても責任を持つということだ。
 工務店主が、契約金の支払いを確保するのは、会社だけではなく、社員、大工、職人、そして関係業者の生活を守ることだから当然だろうが、社会的責任を全うするという点でも大事なことなのだ。
 松井さんの判断は、正しかったと思う。
                        久保田 紀子

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