ii-ie.com「いい家」をつくる会

「いい家」をつくる会
コラム

201242216時17分

「なんとしてもマツミの家に」


勉強会にすでに2回参加されている奥さんが、ご主人とお父さんを伴ってやってこられた。

「なんとしてもマツミの家に住みたくて、二人の重い腰をやっとの思いで上げさせてきました」と笑われた。そのお二人が、初めから終わりまで大きく頷かれながらもっとも熱心に話を聞いてくださった。


「なんとしてもマツミの家に」というオーラを発する方がもう一人いた。


50年配の奥さんで、アンケート用紙の予算欄に「必要なだけ」と書き込まれ、「ローコスト住宅はイヤです」とはっきり言われた。その理由は、中身が画一的で均一であり、造る側の押し付けのかたまりのようだからとのこと。5年前に私の本を読まれ、その後改訂になるたびに買われて、「なんとしても」という思いを強めてこられたそうだ。

ようやく機が熟し、ご主人と妹さんを伴われて三人で参加された。


このように、奥さんがしっかりと本を読まれ、積極的な場合にはほとんど成約になる。その反対の場合の確率は、半分以下となる。


久保田紀子さんは、「肌と空気が合う家」の項でこのように書いている。

<感受性の求めに応じで造られた家は、必ず一家にとってこよなくフレンドリーであり続けるものだ。

そのような家を手に入れるには、理屈や数値ではなく感受性を大切にすることだ。なぜなら、これから建てる家はどのような工法で建てるにしても国が定める省エネの基準に合うように造らなければならないから、一層の高気密・高断熱化を図ることになる。そうして造られる家は、寒い、暑いというストレスが少なくなる分だけ、気になることは暖かさ、涼しさが肌に合うかとか、空気がなじめるか否かというような極めて主観的なものにならざるを得ないからだ。


すでに、わが国の先進の家造りは、肌と空気が合うか否かを問えるまでに進化している。つまり主観的な求めにも的確に対応できるのだ。それだからこそ、「いい家」を求める者にとって、大量生産販売される単なる箱的な家造りを選択することは極めて損なことになる。


皮膚感覚と嗅覚は、感情や本能と深く結びついているから、その二つが不満足である家に住み続けることは、ストレスがたまり病気の引き金となりかねない。>


新潟県「いい家」をつくる会の木下工務店社長・木下淳一さんも参加された。


http://www.sc-kinoshita.co.jp/


木下さんは、手を掛け、手を尽くす家造りにおいて比類なき一徹者である。口数は少ないが、言葉は重い。透徹した心が発する一言、一言が心を打つ。会のセミナーでの木下さんの発言には、同志としての信頼の厚さをいつも感じ、励まされる。


いい家を造ろうとする一念が強すぎるあまり体調を崩した時期もあったが、今日、久しぶりにいい笑顔を見せてくださった。


「体調もすっかりよくなりましたから、これからがんばります」と力強く言って帰られた。



松井 修三

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