ii-ie.com®「いい家」つくる会®

海外視察旅行記
世界に誇れる、
住み心地いちばんの家を目指して

2007年8月
オランダオランダ編

ヨーロッパ建築を訪ねて(オランダ)

いい家だ!

寒くもなく、暑くもなく、設備は申し分ない。

つまり快適な環境を当たり前として暮している者にとって、海外旅行には耐え忍ばなければならないことがいくつかある。今回も痛感したことが三つある。

一つは、飛行機とホテルの空調である。

 

はじめて飛行機に乗った人はきっと驚くに違いない。「涼しい」をはるかに通り越して寒さが身にしみる。

ひざから下が痛くなる。

ルフトハンザの行きの寒さは異常なほどに厳しかった。

一人旅ならクレームを申し出たのだが、隣には久保田紀子さんがいる。

最初から文句をつけたりすると、先が思いやられては困ると思い我慢していた。

それでも寝入って、ふと目覚めると久保田さんが毛布の上に新聞紙を広げて寒さに耐えていた。

 

アムステルダムは、大きな催しがあってホテルはそこしか取れないということだった。「そこ」とは、五つ星の有名ホテルである。

部屋に入ったとたん、冷房のきつさに体がすくんだ。スイッチ盤の表示は22度となっている。

「このままスイッチを切ったら寒くてたまらない。温度を上げて暖房しよう」

そう思って、▲を押し続けるが24度以上に上がらない。北緯55度近くにある立地条件の特殊性なのだろうか。

 

24度の表示を見ていると、不快な思い出が蘇ってきた。

それは真夏のマイアミでのことだ。フライトの予定が6時間も狂ってしまいホテルに入ったのは夜中だった。

「ウーッ、寒い!」

持参の温度計で計ると室温は24度。

それでもエアコンは、冷風を噴出しまくっている。

スイッチを止めて数時間しても、温度は1度も上昇しない。たぶん、ホテル自体が24度に冷え切っていたからだろう。

夜中に、バルコニーに出て体を温めた。

マイアミからニューオーリンズにかけて住宅を見て歩いたのだが、訪ねた家は24度設定で24時間空調が当たり前だという。

話をしていると15分もしないうちに、ひざから下が痛み始めるのだった。その痛みを思い出すと、フライトの疲れがどっと出てきた。

 

二つ目は、ホテルの寝具だ。

ベッドの硬さやスプリングの具合は文句が言えないが、掛け布団については言いたくなる。

「何で、こんなに分厚くて重いのだ!」と。

ギンギンに冷えた状態ならちょうどよいのだろうが、快適なコンディションであるなら寝苦しくてたまらない。

掛け布団の配慮のなさは、日本のホテルも同じところがほとんどだ。

 

最後になったが、トイレに関する悩みは尽きないものだ。

便座の冷たさにはいつもうんざりさせられる。五つ星だからといって、温かいわけではない。

大きさと高さについてもだ。尻のおさまりが不安定で、両足が爪先立つようでは最悪だ。オランダ人の平均身長は世界一高いせいか、小も大も便器が高い。あるレストランでは、小便をするのに精一杯つま先を立ててもやっとというところもあった。

 

帰国して、真っ先に体感ハウスの様子を見に行った。

ドアを開けて深呼吸をした。空気が実に気持ちよかった。猛暑だったというのに、そこには程よい涼しさがあり、旅先のどこでも感じることがなかった快適さがあった。

「いい家だ!」

私は心底からそう思って、思わず「ありがとう!」と言った。

ビルのデザイン

ビルのデザイン 1

オランダのスキポール空港から高速道路を走り、アムステルダム市街への出口にさしかかると「オオッ!」と思わず声が出てしまうデザインのビルがたっていた。

2000年に竣工したING銀行である。設計は、当時は無名に近かった二人の若手の建築家、メイエルとファン・スホーテンと聞いた。

イギリスのヒースロー空港からロンドンに向かう道沿いには、船の形をしたビルが建てられているが、いずれもデザインの力に圧倒される。

外皮が二重のガラス構造になっている。外側通気層の空気の流れを利用して、省エネ化を図るのだが、ドイツのドュッセンドルフでも見られた。

ガラスのビルの温熱環境が、そうすることでどのように改善されるのか、一度体感してみたいと思った。

ビルのデザイン 2

ドュッセンドルフのビル。

滑稽なビル

滑稽なビル 1
滑稽なビル 2

このビルは、アムステルダム駅前にある。

地震国から来た旅人にとっては、ショッキングなデザインだ。

見る角度によっては、いま正にひび割れて崩れ落ちるように思える。

駅のホームに上がって連結した電車の間から見たのだが、電車が動き出すとやはり倒壊するように思えた。

「奇をてらう」は、過ぎると滑稽に見える。

その典型がロッテルダムにあるキューブ・ハウスだ。

キューブハウス

滑稽なビル 3

ドイツのデュッセルドルフでは、「醜」としか思えないビル群を見た。

1853年に「醜の美学」鈴木芳子訳・未知社を書いたカール・ローゼンクランツ(ドイツの哲学者)が見たとしたら、たぶん同じ感想をもらしたのではなかろうか。

ローゼンクランツは、「美」の対極に「滑稽」を置き、「醜」をその中間に位置づけた。「形の定まらないもの」、「不正確」、「歪曲・ゆがみ」は、往々にして醜く見えるものだ。

滑稽なビル 4