海外視察旅行記
世界に誇れる、
住み心地いちばんの家を目指して
2014年9月
ロンドン・パリ・デンマーク編
ヨーロッパの機械換気の現状視察
機械換気の必要性

(窓開け換気の一例。昨日見た分譲住宅)
ロンドンから電車で20分ほどの郊外にある人気の住宅街、EALINGに建つ戸建てとセミデタッチトハウス(二戸長屋)を地元の不動産業者に案内してもらった。
価格は、なんと1億5千万から2億円もする。今年はすでに30%近い値上がりで、まだまだ上昇するだろうとのこと。
チラシを見ると、両方ともエネルギー効率ランクでは、下から2番目と3番目の中間、つまりEとFの中間に評価されている。
「換気はどうされていますか?」
と尋ねると、業者は「特別なにもしていない。必要なときは窓を開ければいい」と、なんでそんなことを聞くのだと言わんばかりの調子で答えた。
「機械換気に関心を持つ客はいないのですか?」
さらに質問するとにべもなく「一人もいない」とのことだった。
案内された家は、かたや築100年、かたや60年以上のレンガ積みの典型的なイギリススタイルだった。
両方とも売主(住人)のお人柄がすばらしく、内部は、昨日見学した分譲住宅のモデル棟よりも見応えがあった。家具調度品のセンスも素晴らしく、何よりも驚かされたのは、その整理整頓ぶりだった。
ベッドメーキングなどは、一流ホテル以上に見事だった。
最初の家で、「これほど部屋を美しく整えるのは、どなたがなさるのですか?」
と尋ねてみたらご主人が、
「すべてはワイフがやります。私は、もっぱら庭の手入れと、家庭菜園が担当です」とのことだった。
こんなに家の内部をきれいにしておけたら、人生が違ったものになるかもしれないと思いつつ、リビングに入った。
庭に面した両開きの大きな窓が全開になっており、ベッドルームの窓は、ほとんど開けられていた。
それを見て「だからなのか」と合点した。
玄関を入った瞬間に想定していた生活臭が思ったほどなく、かすかに芳香剤が匂っていた。築60年以上も経って、自然換気となればどうしても生活臭がしみついてしまう。それを紛らわすためには芳香剤が必須になるようだ。
芳香剤は化学物質の一種であり、好き嫌いがある。臭いというものは、ごく微量な状態がかえって気になるものだ。
それ故に、どうしても換気が気になってしまう。
トイレを見て驚いた。
壁の上部の換気扇が外され、直径10センチほどの穴が開いたままの状態になっていた。これでは、排気も給気もままならないはずだ。
換気は、両家とも「窓開け換気」である。
外気はきれいなものと信じ、土埃、高温多湿・低温少湿な気候に悩まされることがなく、蚊に刺される心配もなく、防犯に対する心配も少ないとなれば、機械換気の必要性は理解され難いだろう。
どうやら日本のように、ホルムアルデヒド・トルエンなどの有害な化学物質が問題化されるたこともないようだし、カビやハウスダストの有害性も心配されず、越境大気汚染もない。
「窓開け換気」で十分だと考えるのも頷ける。
もし、我々が住んで窓を閉め切ったらどうなるだろう?
想像しただけで、生活臭に耐えられなくなるのは明白だった。
国は、省エネとCO2削減を目指してラべリング制度を推進しているが、住み心地に一番影響を与える「換気」はすっかり置いてきぼりになっている。
その結果、新築にせよ中古にせよ、室内空気質は実に悪い。
機械換気を疎かにするということは、住む人の健康に対する配慮を欠くことに等しい。それを疎かにした家を、100年以上長持ちするからといって礼賛するのはいかがなものなのだろうか。
自画自賛と言われるかもしれないが、「涼温な家」の空気の気持ち良さに優る家は、イギリスにはないように思える。
帰りに同じ街にある荒川さんの家に立ち寄って、お茶をごちそうになった。料理好きな奥さんが、お孫さんたちのためにと手作りしたおまんじゅうをいただいた。
実においしかった。荒川さんの家も窓開け換気である。午後5時、外気温21度、湿度55%だったがすでに蓄熱暖房機が働いていた。
歓談の最中、奥さんが言われた。
「あなた、もう窓を閉めてください」と。
香りは、家の品位?

デパートへ行ったので、香料のコーナーに立ち寄ってみた。
よくぞ揃えたものだと感心するほど様々な商品が並べられていた。50年配の気さくな女性の店員さんがいたので尋ねてみた。
「これだけの数の香料の中から、気に入った一品を選ぶのは大変なことですね」
「そのとおりです。香水は自分が好きなように選べばいいのですが、家につける香りですから、家のニオイとのマッチングがとても大切になります。
うまく合うと、うれしいものでしてね、毎日の暮らしがハッピーになりますよ」
「でも、自分たちには合う香りでも、ゲストには気に入られないということもありますよね」
「それはあります。ゲストからも喜ばれるセンスが大事です。香りは、その家の品位そのものです」
店員さんは、肩をすぼめ両手を広げて言った。
私は、「センターダクト換気」を開発したとき、アロマテラピー効果を試したことがあった。ヒノキの香りをはじめ、精神安定に効くという能書きのものなど10種類以上を試して知ったことは、香りが気にならないさわやかな空気ほど気持ち良いものはないということだった。
その実験はひそかに東京体感ハウスで行ったのだが、その最中にやってきた久保田さんは、玄関ドアを開けるや否や「この臭いはなんですか?」と、不快感をあらわにした。
私が自然素材の香料で実験していることを説明すると、すぐに止めた方がいいと言った。
自身が仮住まいでシックハウス症候群に悩まされた体験者であるからというのではなく、「空気に香りをつけるようなことはすべきではない。香りがあることは、決して快適ではない」と主張した。
確かに、最高と自負する機械換気の家で、アロマ効果を付加価値とするのはおかしな考えだった。
私は、ただちに実験を中止した。
家には、香料を持ち込むべきではない。香水ですら、なるべくなら避けたい。
機械換気がもたらすさわやかな空気こそ、最高のアロマ効果をもたらしてくれるのだから。
私は、走馬灯のように当時のことを思い浮かべたのだが、店員さんの親切な対応に感謝すべく適当なものを一つ購入した。
放射熱の圧迫感


上棟の様子がメールで入ってきた。
横浜体感ハウスの真ん前に建つK邸である。
「オーッ、見事だ!」
思わず感嘆した。
木造軸組だけが発揮する強い美しさは、イギリスではまったく見られない。写真下のようにブロックを積み上げて、10センチの隙間を開けてレンガを積み上げる。空間にロックウールかウレタンフォームを入れる。天井には目いっぱい断熱材を詰め込む。窓は高性能なプラスチックサッシ。断熱性能は申し分ない。
窓から日差しが入ると、暑苦しい感じがする。まともな機械換気がないから、窓を開けざるを得なくなる。そうしても、換気の経路が不十分だから、空気のよどむ場所ができてしまう。このよどみ感が、「涼温な家」で暮らす者にとってはたまらなくつらく感じる。
午後から、ロンドン郊外Acton Main Lineの駅より徒歩5分に新築された、EPCがBランクで機械換気が備えられているという住宅を見に行った。
4戸長屋の二階建て小屋裏利用の4ベッドルームである。価格はいずれも1億6千万円前後。デザインはモダンだが、南面の窓が広く日射取得が大き過ぎる。これで、断熱性能だけを良くしたのでは、暑くなり過ぎてしまうはずだ。
そう思って玄関を入って一呼吸した瞬間、この家もダメだと感じた。空気がよどみ、新築の刺激臭がきつい。換気はどうなっているのだろうと見渡すと、部屋の内部にはそれらしきものが見当たらない。トイレをのぞくと天井にスイッチを入れると開くダクトファンがあった。
「ここ1か所だけ?まさか!」
と思って、二階のメインベッドルームに接しているバスルームの天井を見上げると、1階のトイレと同じファンが目に入った。給気は、窓枠である。午後3時、パラパラ程度の小雨、温度は21度・湿度78%。家の内部は、温度25度・湿度65%。
「熱交換換気があると聞いてきたのだが」と問いかけると、50代と思しき男性の業者は肩をすぼめ、「このとおりだよ」とのこと。
これでは、シャワーを使うと湿気の排出が間に合わず、部屋に出てきてしまうはずだ。湿気の多い冬には、カビが発生する危険があるし、臭いがこもる。カーテンを閉めると、窓枠からの給気はほとんど期待できないからだ。


そんなやりとりをしていて、ふと気が付くと久保田さんがセールスマンの後ろでサインを送っていた。
「外で待っています」と。
とにかく空気が悪い。そこにもってきて、壁からの放射熱の圧迫感がたまらない。
私も息苦しさを覚えてすべり出し窓を開けたが、期待したように空気が入ってこない。外はほとんど風がないし、温度差がこの程度では、一か所の窓を10センチほどすべり出させただけでは換気効果が得られなかった。
換気を疎かにして断熱強化を図ることは、間違いなく住み心地を悪化させることを実感した。にもかかわらず、住宅先進国はこぞってCO2削減を目指して断熱強化を競い合っている。
机上の理論からすれば、数値が優れるほどいいとされるのが断熱性能であるが、住み心地にとっては両刃の刃になる。
放射熱の圧迫感について、国も学者も気づいていない。そのわけは、実際に私や久保田さんのように住み比べを体験しないからだ。
海外の住宅視察をしても、理論ばかりを追い求め、感性を働かせない。住むということは、理論で納得することではなく感性が安らぎ、喜ぶことの方がはるかに大事なのだということが分かっていないのだ。
わが国で高断熱を極めて換気を疎かにすると、高温多湿な気候の不快さが増大するという事実を知るべきだ。イギリスやドイツのように、夏の暑さは窓開け換気で過ごせるならよいが、日本では北海道を除いては健康被害を受けかねない。
イギリスでは2016年から、新築住宅には熱交換換気が義務付けられるとされているが、長年窓開け換気を最善としてきているユーザーが、機械換気の良さに目覚めるには相当の時間がかかりそうだ。
今日の不動産業者も、28日に紹介した業者とまったく同じことを言っていた。
「換気について質問する客に出会ったのは、初めてだ」。
換気扇のスイッチがドアの上の手が届かない高さにある理由を尋ねると、これまた同じように「知らない。椅子を使えばいいのでは」と答えた。
私は、常時付け放しにして使わせるためだと思ったが、換気に対する関心の低さを思い知らされた。
まともな機械換気が働いて、「涼温な家」のような空気の気持ちいい家はないのだろうか?