海外視察旅行記
世界に誇れる、
住み心地いちばんの家を目指して
2015年9月
バルセロナ・マドリッド・ロンドン編
ヨーロッパ建築を訪ねて(スペイン・イギリス)
二つの不快な印象 その2
どこの街へ行っても、景観を損なう建築物は必ずと言ってよいほどあるものだ。
マドリッドも例外ではなかった。
昨日紹介したバルセロナ郊外に建つ「ウォールデン7」と同様に、私は写真の建物に奇異な感じを通り越して不快な印象を持った。
ピサの斜塔のように有名になろうと考えてのことなのだろうか、こういう傾く建物は世界中にあるようで、わが国でも名古屋の駅近くにもある。
平衡感覚が突然ショックを受けるのだから、バランスを取り戻したくて再度見てしまう。何回見ても、ショックは収まらない。そのうち腹が立ってくる。建築家の自己満足とエゴに対してである。環境意識の欠如は、モラルに反しているとも言えよう。
こんなデザインを良しとしたクライアント(依頼人)のモラルも問いたくなる。
建築物は、たとえ平屋の高さであっても、公共との折り合いをつけるべきであって、デザインの責任は重大だ。
自己満足やエゴは許されない。ましてや有名になろうなどという動機は。
しかし、この不純でアンモラルな動機が、往々にして建築家に作品をつくり出すエネルギーを与えるのだろう。
クライアントが、「目立つ」ことに最高の価値があると考え、建築家がそうなろうと野心を燃え立たせたときに、建築物は感動的なものにも、醜悪な姿にもなる。
その分かれ道は、建築家の心底に顧客の幸せを願い、見る人にも安心と感動を与えたいという純粋な動機があったか否かだと思える。
マドリッドの傾くビルは、どの角度から眺めても不安ばかり感じた。
以上は、その夜ホテルで書いた感想である。
パソコンの不具合が続いていて、ブログがアップできずじまいでベッドに入った。
翌日、朝食で顔を合わせた久保田さんが開口一番言った。
「あの斜めったビルの建築家が分かりました。フィリップ・ジョンソンですよ」
「えっ、まさか!」
私は絶句した。と同時に、パソコンの不具合に感謝した。
フィリップ・ジョンソンといえば、アメリカモダニズム建築の大御所であり、私が旅行に持参した「ロックフェラー回顧録」(新潮社)にも登場している人だ。
かりそめにも軽々しく語れる人ではない。
私のショックがおさまるのを待って、久保田さんが言った。
「斜度は、ピサの斜塔の約4倍、15度近くもあるそうです。私は、阪神大地震を思い出してしまって怖さを感じました。両側のビルは、道路の下で結ばれ倒壊しない設計になっていて、『ヨーロッパの門』と呼ばれているそうです」。
ヨーロッパには門と呼ばれる建造物は無数にあるが、モダニズム建築の代表とはとても言えないと思いつつ、私はゆで卵の殻を剥いた。
イギリス
ゼロ・カーボン・ハウスの進捗状況
昨年10月2日に紹介したロンドンにある政府機関のゼロ・カーボン・ハブを、省エネコンサルタントの荒川英敏さんと再訪した。
来年から予定している新築住宅のゼロ・カーボン・ハウス化を目前にして、どのような動きがあるかを知るためであった。
昨年お会いしたコージオニス担当官との面談となり、旧交を温めるとともに、様々な情報交換ができた。
開口一番、氏の口から残念そうに「バッド ニュース」という言葉が聞かれた。
英国はゼロカーボン化の実施を延期することになったという。
今年5月の総選挙で、キャメロン首相の率いる保守党が勝利し、これまでの保守党と自由党の連立政権が終焉し、保守党一党の単独内閣が発足した。これにより、連立政権時代に推し進められていた様々な政策と予算の見直しが実行され、エネルギー気候変動省管轄のゼロ・カーボン・ハウスプロジェクトも見直され、期限は明確にされていないが、延期が決定されたのだという。
一方EUは、加盟国に対して「Nearly(近似)ゼロ・エネルギー・ビイルデイング(NZEB)」の採用を義務付けた。そこで英国も、まずはNZEBの取り込みに向かわざるを得なくなったそうだ。
ドイツのパッシブハウス研究所は、世界最高と言われる省エネ基準を提唱し、EU諸国はもとより、英国にもその普及を図っていた。ゼロカーボンの前段階としてゼロエネルギーを達成すべしと。
「Nearly」は目標に近いという意味なのだろうが、どこかあいまいな形容詞だ。
もともと、「ゼロ・カーボン・ハウス」や「低炭素住宅」があいまいで、造る側として意気込んで目標にする気が起こらない。お客様にとっても、「よしっ!家を建てるぞ!」となるものではない。
ゼロ・エネルギーに「Nearly」をつけたところにEUの難しさが見て取れた。
目標を高くし過ぎて、フォルクスワーゲンのようなメーカーが出てきたのでは困るのだ。
日本は、2020年にはゼロ・エネ・ハウスの義務化を図ると同時に「低炭素化」の実施も目論んでいる。
こうなると、住宅後進国と言われていた国がいつの間にか最先端に立ったようにも思える。でも、あまりいきがらないことだ。住宅の根源的な価値は住み心地なのだから。
パッシブハウスより性能や数値に於いて劣っているとしても、住み心地が良い方が健康維持増進のためにはるかに役立つのは確かなのだから。
ギリシャ人であるコージオニスさんの語り口は、イギリス人とはまるで違いゆっくりしていて、身振りも大きく理解しやすかったが、荒川さんはこんな風に通訳してくれた。
「ドイツによって開発されたパッシブハウスは、学研派による構造体の断熱性能の追求があまりにも行き過ぎて、住宅が断熱箱のようになり、昨年もこの席で話題になったオーバーヒートの問題が顕在化している。
住宅で最も大事なコンフォート(住み心地)を二の次にしていると思わざるをえない。コンフォートを左右するのは、松井さんが力説しているとおりMVHR(換気システム)のフィルターの定期清掃と点検であるのは確かなことだ。
イギリスはもちろん、EUはその重要性を大いに議論すべき時に来ている。これを解決することに注力されている松井さんの努力と実績には大いに敬意を表し、我々も学ばなければならないと思っている」。
コージオニスさんは、住み心地こそが住宅の根源的な価値であるという認識をしっかりと共有していた。
同席していた女性担当官も、大きく頷いていた。
バルセロナチェア
過日紹介したバルセロナの建築家協会の二階ホールに、「バルセロナチェア」として有名な椅子が、極めて無造作に置かれていた。
ル・コルビュジェ、フランク・ロイド・ライトと共にモダニズム建築の三大巨匠といわれるミース・ファンデル・ローエのデザインによるものだ。
最初は、この椅子に座って話をしていたのだが、15分もしない内に私は腰に痛みを感じるようになった。そこで、9月25日の上から2番目の写真のように奥の席に移動して話を続けた。
「バルセロナチェア」は、ゆったり背を持たせてくつろぐにはいいが、真剣に対話するには不向きである。座り心地も決してよくはない。もっとも、足が長ければ違った感じが得られるのだろうが。
トランジットのために空港の待合室で2時間ほど過ごした。置かれていたソファーはクッションがないために30分も座っていると腰が痛くなってしまう。足の短さを嘆きながら立ったり座ったりしていただけに、見た瞬間、「バルセロナチェア」への期待は大きかった。
ミースの建築思想には、有名な「God is in the detail」(神は細部に宿る)の他に、「Less is more.」(より少ないことは、より豊かなこと)がある。
この椅子にその典型を見る思いがしたが、眺めていると雰囲気にはたしかに不思議なほど豊かなものを感じた。